このページでは、従業員から労災事故について民事上の損害賠償請求された場合の会社側の反論は以下のとおりです。
安全配慮義務違反がない
労災事故で被災した労働者が会社に対し損害賠償請求する根拠は、一般に、不法行為責任または雇用契約に基づく債務不履行責任です。いずれも安全配慮義務に違反したことを理由とするものです。
多くの事案で、労働者側は、労働安全衛生法に違反したことが、安全配慮義務違反であると主張します。
労災事故が発生した場合、①労働基準監督署から、労働安全衛生法に関する是正指導が行われることが多いです。重大事故では、②労働安全衛生法違反または業務上過失致死傷により刑事処分を受ける場合もあります。
したがって、労働基準監督署から是正指導がされている①のケースにおいて、労働者側は、是正指導の内容とほぼ同じ内容で安全配慮義務違反と主張することが多いです。
しかし、労働安全衛生法に違反することと、雇用契約上の安全配慮義務違反は全く同じものではありません。雇用契約上の安全配慮義務は、具体的な事故状況において会社側に課される義務です。
したがって、上記①の是正指導がないケースはもちろん、是正指導がされたケースでも、安全配慮義務違反について争う余地があります。
他方、上記②の刑事処分受けたケースでは、安全配慮義務違反はないと主張して争うのは厳しいことが多いでしょう。
いずれせよ、労災事故が発生したとしても、会社側に安全配慮義務違反がなければ、損害賠償義務を負うことはありませんから、労働者側から損害賠償請求がされた場合には、客観的な証拠に基づき具体的な事故状況を確認した上で、安全配慮義務違反を争うか否かの方針を決めることになります。
こうした方針の決定には、2つのポイントがあります。一つは、事故状況をできるだけ正確に把握すること、もう一つは、労災事件に精通した弁護士に相談して決定することです。
損害は労災事故と因果関係がない
慰謝料額が多額すぎる
労災事故によって怪我や病気になったが収入は減っていない(逸失利益)
従業員側にも落ち度があった(過失相殺)
交通事故などで耳にする方も多いと思います。被害者側にも落ち度がある場合、過失相殺を理由に、損害賠償額が減額されます。上記の場合、損害を公平に分担させるという考え方があるのです。ただし、労働者が会社の指示に従って業務に従事していますので、被災労働者側の落ち度は簡単には認定されません。
例えば、被災労働者側から1000万円の賠償請求を受けた場合、被災労働者にも30%の落ち度があるとして、30%を減額した700万円の限度で請求を認めることになります。
従業員が受け取った労災保険給付分は、損害賠償請求額から控除されるべき(労災保険給付と損益相殺)
従業員Aが労災事故に遭い、従業員Aは労災保険給付金を受給しました。しかし、従業員Aは会社に損害賠償請求訴訟を提起 し、現在、損害額を巡って係争中です。会社側としては、従業員Aは労災保険金を受給し、その上に慰謝料等も請求するとは、いささか貰いすぎなのでは?と思うのですが、労災保険金を慰謝料等から控除することはできるでしょうか。
可能です。
従業員Aは今回の労災事故で損害を被ると同時に、労災保険金給付といった経済的な利益を得ていますので、その経済的な利益を損害賠償額から減額することになります。これを、損益相殺といいます。
会社が就業規則に基づき従業員に支払った補償金は、損害賠償請求額から控除されるべき(上積み補償と損益相殺)
私の会社は従業員が労災事故に遭った場合、就業規則や労働協約で、労災保険給付に加えて、一定の額または実損害に応じた額を支払うという、労災の上積み補償制度を設けています。もし、従業員が労災事故に遭い会社に損害賠償請求をしてきたら、上積み補償として従業員に支払った分はどのように扱われるのでしょうか?
会社が上積み補償を行った場合、その支払額については、会社は損害賠償責任を免れると解されていますので、つまり、損益相殺の対象となります。ただ、上積み補償は、労災の補償について法定補償の不足部分を上積みする趣旨なので、労災保険給付には影響しません。
上積み補償制度は、上述のように損害賠償額からの損益相殺の対象となりますが、損害賠償請求自体をされないような規程作りも重要です。具体的には、実損害に近い十分な上積み補償制度を用意し、損害賠償の予定であることを明記する、もしくは損害賠償請求権の放棄条項を組み入れるというような内容です。
また、遺族補償についての規程作りも重要です。労基法の規程においては、受給資格者に労働者の死亡当時その収入によって生計を維持していた者が含まれており、例えば事実婚の配偶者も該当します。
他方、民事損害賠償責任が会社に生じた場合、その請求権者は法定相続人(法律婚による配偶者や子ども)となり、事実婚の配偶者に上積み補償を行っていたとしても、今回の請求に関しては損益相殺されなくなるのです。
このような事態を避けるためにも、遺族補償の受給資格者についても、範囲を明確に設定しておくことは極めて重要です。