労災に遭い労災保険給付を受けても、慰謝料は労災保険の補償対象外で、損害全てを補償できるわけではありません。このような労災保険では不十分な補償部分について、使用者(事業主)が民事上の損害賠償責任を負うべき事情が考えられる場合には、会社側に対し損害賠償請求することが可能です。
誰に対し請求できるか
会社
労災事故について安全配慮義務違反がある場合、雇用契約上の債務不履行責任(民法415条)、使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償請求ができます。
会社の所有または占有する土地工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって労災事故が発生した場合には、工作物責任に基づき損害賠償請求ができます(民法717条)。
代表取締役、取締役、執行役等
取締役、執行役、監査役等に、その職務を行うことについて悪意または重大な過失があった場合には、会社法429条に基づき損害賠償請求できます。
上司など
安全配慮義務に違反した現場の職長などに対しても、民法709条に基づく損害賠償請求ができます。
会社に対して請求できる損害の種類
休業損害
被災した労働者が療養している間に給与の支払がない場合、労災保険による休業補償給付を受給できます。
労災保険による休業補償給付は、給付基礎日額(平均賃金)の
80パーセント(休業補償給付が60パーセント、休業特別支給金が20パーセント)ですが、これによって填補されない収入部分については、休業損害として請求が認められます。
また、労災保険による休業補償給付は、休業4日目以降の分から給付されるため、労基法上の休業補償義務は、休業初日~
3日目分については、使用者が負う必要があります。
後遺障害逸失利益
後遺障害逸失利益とは、労働災害が発生しなければ得られたであろう収入のことを指します。
もちろん、労災保険でも後遺障害逸失利益に対する保険給付はなされますが、十分に填補されるものではありません。
したがって、事故発生に責任のある使用者に対して、完全な逸失利益の填補を請求することになります。
慰謝料
労災保険では、財産的損害のうちの積極損害(入院雑費、付添看護費等)と精神的損害(死亡・後遺障害・入通院に係る慰謝料等)は、保険給付の補償対象には含まれないとしています。
したがって、労災保険からの給付によって填補されない損害は、使用者に対して請求することになります。
その他
介護(高次脳機能障害の場合は看視も)が必要な後遺障害が残存した場合の将来の介護費や、訴訟における弁護士費用相当損害金(判決認容額の約10パーセント相当)も使用者に対して請求することができます。
会社に対し損害賠償請求するにはどんな方法があるか
会社に対し労災事故の損害について賠償請求した場合に、任意の交渉により解決できるのが最も望ましいです。
しかし、任意の交渉で解決しない場合には、裁判手続に進むことになります。
裁判上の手続も様々な制度がありますので、それぞれ簡単に解説します。
調停
訴訟手続より簡易で、法律的な制約にとらわれないため、専門家に依頼せずとも申立てが可能な手続が調停です。
簡易裁判所に申立てを行うと、裁判官のほかに、一般市民から選ばれた調停委員2名以上が加わって組織した調停委員会が当事者の言い分を聞き、必要に応じて事実も調べ、法律的な評価をもとに条理に基づいて和解を促し、当事者の合意によって実情に即して争いを解決します。
話し合いがまとまると、裁判所の書記官が合意内容を調書に記載して調停成立となります。
この調書には、裁判上の和解と同じ効力があり、原則、調停成立後の不服申立てはできません。
また、この調書において、金銭の支払いなど一定の行為をすることを約束した場合には、当事者はこれを履行する義務があり、万一、履行されない場合には、調停内容を実現するために、強制執行を申し立てることも可能です。
労働審判とはどんな制度
概要
労働審判とは、個別労働関係民事紛争(安全配慮義務違反による損害賠償請求、労働者個人と事業主との間の解雇や雇止めの効力に関する紛争、賃金や退職金に関する紛争等)に関して、裁判官と労働関係に関する有識者が事件を審理し、調停による解決が期待できる事件には調停での和解を促し、それが困難な事件については、権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な解決案(労働審判)を定める手続です。
手続に要する期間
労働審判手続においては、特別の事情がある場合を除き、3回以内の期日で審理を終結しなければならないと定められており、迅速な審理が求められています。
第1回期日は、労働審判の申立てがなされた後、40日以内に指定されます。
特徴的なのが、第1回期日までに申立人・相手方から提出された申立書・答弁書・証拠・証拠説明書以外は口頭主義、すなわち口頭で主張する用法が用いられています。
そのため、所要時間を1回目約2~3時間、2回目1~1.5時間、3回目1~1.5時間程度で行われ、随時、調停を試みられます。
誰が手続を主宰するか
労働審判手続は、裁判官である労働審判官1名、労働関係に関する専門的な知識経験を有する労働審判員2名で構成された労働審判委員会で行われます。
どんな事件も労働審判の対象となるか
手続対象は法律で「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」と定められています。
そのため、例えば、労働組合と事業主間での紛争や、労働者個人と事業主間の貸金返還請求など労働とは無関係の事案は対象外となります。
申立前にどのような準備が必要か
裁判所に労働審判の申立てを行うにあたり、申立書の提出が必須です。申立書には、「申立ての趣旨」、「申立ての理由」、「予想される争点及び争点に関連する重要な事実」、「申立てに至る経緯の概要」等の記載が必要です。
また、事実関係の時系列表を作成し申立書に添付しておくと、労働審判員の審理がスムーズになり、より迅速な解決が期待できます。
労働審判での和解
労働審判委員会は、紛争について双方の権利関係を確認した後、金銭の支払や物の引渡し、その他の財産上の給付を命じたり等紛争解決のために相当と認める事項を定めることができます。
この労働審判に不服がある場合、2週間以内に書面で異議申立てを行うと、この労働審判は効力を失います。
異議の申立てがない場合、労働審判は、裁判上の和解と同じ効力を有するものとされます。
なお、通常、労働審判は口頭で告知され、審判調書は後で作成されます。
和解が成立しない場合
異議申立てがなされると、先述のとおり労働審判は効力を失い、訴訟へ移行します。
裁判所の運用では、労働審判に対して異議の申し立てがあった場合には、労働審判手続申立てに係る請求について労働審判手続きの申立ての時に、労働審判がなされた地方裁判所に訴えの提起があったものとみなすとされています。
訴訟に移行した場合どうなるか
異議申立てにより訴訟に移行すると、地方裁判所に労働審判事件の記録が引き継がれ(申立書のみ引き継がれ、証拠関係の書類は引き継がれません。)、通常訴訟として審理されます。
先述のとおり、訴訟に移行した際、訴えの提起があったものとみなされますので、訴訟手数料(印紙代)は、労働審判手続きの申立て時に納めた分を控除した額を納付します。
また、「訴状に代わる準備書面」と題する書面と労働審判時に提出した証拠書類を再度提出します。
「訴状に代わる準備書面」は、労働審判時に提出した申立書に、労働審判時の経緯、主張・反論を追記して提出します。
何時まで損害賠償を請求できるか(時効に注意)
労災に関する損害賠償請求にも、消滅時効があります。
消滅時効は、損害賠償請求権の法的根拠によって異なります。
①不法行為を根拠とする場合、損害及び加害者を知ってから5年
(2020年4月1日施行の改正民法以前は、不法行為責任の時効は3年でしたが、5年になりました。)
②債務不履行責任を根拠とする場合、結果が生じてから5年
(2020年4月1日施行の改正民法以前は、債務不履行責任の時効は10年でしたが、5年になりましたので、注意しましょう。)
なお、労災請求をしたことが損害賠償請求権に影響を与えることはなく、上記の時効起算日が変わることはありませんので、ご注意ください。
損害賠償請求に対し、会社が主張すると想定される反論
労災が認定され労災保険給を受けても、会社に対して損害賠償請求できるケースがほとんどです。
しかし、実際に損害賠償請求すると、会社側から様々な反論がされます。
以下は、主な会社側からの反論です。
安全配慮義務違反がない
安全配慮義務違反と損害との間に因果関係がない
労働者側にも落ち度があり過失相殺されるべき
損害額が過大である
労災保険給付を受給しているから損益相殺されるべきである
外国人の会社に対する損害賠償請求(日本人との比較)
外国人が会社に対し損害賠償請求した場合の損害額はどうなるでしょうか。
日本人と同額の請求が認められるのでしょうか。
外国人従業員の労災の場合、日本人従業員と異なる項目は、逸失利益の算定方法です。
逸失利益とは、労働災害が発生しなければ得られたであろう収入のことでしたが、この算定基礎となる収入について、外国人従業員においては、以下の点について在留資格等に基づいて考慮されます。
- 外国人従業員がいつまで日本に居住して就労するか
- 日本出国後、どこの国に生活の拠点を置き就労するか
例えば、日本での永続的な居住が認められている在留資格を持つ外国人従業員の場合、日本人と同様の賃金センサスを参考に逸失利益が算定されます。
他方、将来出国が予想される外国人従業員の場合は、日本における就労が予想される期間は日本における収入を、その後は想定される出国先(母国を含む)での収入を基礎として算定されます。
会社以外の第三者の責任で被災した場合(第三者行為災害)
「第三者行為災害」とは、労災保険給付の原因である業務災害や通勤災害が「第三者」の行為などによって生じたもので、第三者に、従業員やその遺族に対する民事上の損害賠償義務が有るもののことをいいます。
この「第三者」とは、業務災害や通勤災害に関係する労災保険の保険当事者(国、会社、従業員もしくは従業員の遺族)以外の者で、この災害について損害賠償責任を有する者のことを指します。被災した従業員は、労災保険給付もしくは第三者に対する損害賠償請求権とで損失を補うことができます。