「労災事故が発生した後、何をすればいいですか。」こんなご相談を受けることがよくあります。また、事故が発生してからしばらくした後に相談を受けて、あるべき対応がされておらず残念な思いをすることも多いです。
救急車の出動要請、労基署・警察署への通報
何より従業員の生命身体の安全が最優先です。
必要があれば、必ず救急車の出動を要請しましょう。
労災の発覚をおそれて救急車の発動を躊躇するなど論外です。
労基署、警察署にも通報します。
労働安全衛生規則96条1項各号の場合には、労働基準監督署長への報告書の提出が義務付けらています。
また、労働災害により、負傷、死亡したとき、又は休業したときは、死傷病報告書を提出する必要があります(同規則97条1項)。
労働安全衛生法及び規則 抜粋
労働安全衛生法 (報告等)
第百条 厚生労働大臣、都道府県労働局長又は労働基準監督署長は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、事業者、労働者、機械等貸与者、建築物貸与者又はコンサルタントに対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる。
2 厚生労働大臣、都道府県労働局長又は労働基準監督署長は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、登録製造時等検査機関等に対し、必要な事項を報告させることができる。
3 労働基準監督官は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、事業者又は労働者に対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる。
(事故報告)
第九十六条 事業者は、次の場合は、遅滞なく、様式第二十二号による報告書を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
一 事業場又はその附属建設物内で、次の事故が発生したとき
イ 火災又は爆発の事故(次号の事故を除く。)
ロ 遠心機械、研削といしその他高速回転体の破裂の事故
ハ 機械集材装置、巻上げ機又は索道の鎖又は索の切断の事故
ニ 建設物、附属建設物又は機械集材装置、煙突、高架そう等の倒壊の事故
二 令第一条第三号のボイラー(小型ボイラーを除く。)の破裂、煙道ガスの爆発又はこれらに準ずる事故が発生したとき
三 小型ボイラー、令第一条第五号の第一種圧力容器及び同条第七号の第二種圧力容器の破裂の事故が発生したとき
四 クレーン(クレーン則第二条第一号に掲げるクレーンを除く。)の次の事故が発生したとき
イ 逸走、倒壊、落下又はジブの折損
ロ ワイヤロープ又はつりチェーンの切断
五 移動式クレーン(クレーン則第二条第一号に掲げる移動式クレーンを除く。)の次の事故が発生したとき
イ 転倒、倒壊又はジブの折損
ロ ワイヤロープ又はつりチェーンの切断
六 デリック(クレーン則第二条第一号に掲げるデリックを除く。)の次の事故が発生したとき
イ 倒壊又はブームの折損
ロ ワイヤロープの切断
七 エレベーター(クレーン則第二条第二号及び第四号に掲げるエレベーターを除く。)の次の事故が発生したとき
イ 昇降路等の倒壊又は搬器の墜落
ロ ワイヤロープの切断
八 建設用リフト(クレーン則第二条第二号及び第三号に掲げる建設用リフトを除く。)の次の事故が発生したとき
イ 昇降路等の倒壊又は搬器の墜落
ロ ワイヤロープの切断
九 令第一条第九号の簡易リフト(クレーン則第二条第二号に掲げる簡易リフトを除く。)の次の事故が発生したとき
イ 搬器の墜落
ロ ワイヤロープ又はつりチェーンの切断
十 ゴンドラの次の事故が発生したとき
イ 逸走、転倒、落下又はアームの折損
ロ ワイヤロープの切断
2 次条第一項の規定による報告書の提出と併せて前項の報告書の提出をしようとする場合にあつては、当該報告書の記載事項のうち次条第一項の報告書の記載事項と重複する部分の記入は要しないものとする。
(労働者死傷病報告)
第九十七条 事業者は、労働者が労働災害その他就業中又は事業場内若しくはその附属建設物内における負傷、窒息又は急性中毒により死亡し、又は休業したときは、遅滞なく、様式第二十三号による報告書を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
2 前項の場合において、休業の日数が四日に満たないときは、事業者は、同項の規定にかかわらず、一月から三月まで、四月から六月まで、七月から九月まで及び十月から十二月までの期間における当該事実について、様式第二十四号による報告書をそれぞれの期間における最後の月の翌月末日までに、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
(報告)
第九十八条 厚生労働大臣、都道府県労働局長又は労働基準監督署長は、法第百条第一項の規定により、事業者、労働者、機械等貸与者又は建築物貸与者に対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずるときは、次の事項を通知するものとする。
一 報告をさせ、又は出頭を命ずる理由
二 出頭を命ずる場合には、聴取しようとする事項
事故現場の保存と関係者からの事情聴取
事故状況の記録
重大な事故の場合、警察や労働基準監督署が実況見分等を実施することになります。
しかし、警察等による実況見分等は直ちに行われるとは限りませんし、行われない場合もあります。
事故状況を記録しないまま時間が経過すると、現場の状況が変わったり、関係者が退職したり、記憶が曖昧になったりして、どんな事故であったかを会社として説明することができなくなることが非常に多いです。
事故状況が曖昧になると、後に被災労働者が会社に対し損害賠償請求した際に、責任の有無、程度等を確定させることができず、本来、話し合いで解決すべき事案が、訴訟になってしまいます。
そこで、事故直後に、会社において、現場の写真及び動画の撮影、関係者からの事情聴取を必ず行うべきです。
事情聴取の結果に基づき、調書を作成するのが手間な場合には、質疑応答の様子を動画撮影や録音しておくだけでも構いません。とにかく、事故直後に記録に残しておくことが重要です。
当事務所では、弁護士・社会保険労務士として、こうした事故直後の記録作業のご依頼も受けていますので、お気軽にご相談ください。
警察・労働基準監督署の捜査に対する対応
重大な事故の場合、警察や労働基準監督官が実況見分を行い、関係者から事情聴取して供述調書を作成します。こうした捜査に会社は基本的には協力すべきです。
しかし、労働基準監督署、警察、検察が作成する供述調書は、当局が見立てた事故の筋に沿って作成されている可能性が高く、供述者(取調べを受けた人)が意図したとおりに作成されていない場合もあります。
供述調書に署名する前に、全体を確認する機会があります。その際間違っていれば訂正を求めることができるのですが、従業員の方とすれば、慣れておらず緊張していたり、文章を読んで理解するのが苦手であったりして、意図しない調書が作成されてしまうことがよくあります。
そもそも、供述調書と言われても、どんな文書なのかイメージできない方がほとんどです。そのため、警察官や労働基準監督官が作文した文章に間違った部分があっても、何となく署名してしまうことが多いのです。
さらに、後に民事裁判になった際、その従業員の供述調書が開示されるとは限りません。供述調書まで開示されるのは重大事件に限られます。
したがって、従業員が取調べを受けた場合、特に供述調書が作成された場合には、会社側でも、必ず従業員から、労働基準監督官、警察官、検察官から、どのような取り調べを受けたのか、メモを作成しておきましょう。
忙しければ、事故現場の状況を写真や動画で残し、現場を目撃した従業員の事故状況に関する説明を録音で残しておくだけでも構いません。事故直後にこうした作業を行っておくことが非常に重要です。
時間が経つと記憶が薄れてしまいますし、証拠としての価値も下がります。
労働基準監督署への報告
労働基準監督署への報告の必要がある場合
従業員が労災事故に遭った場合、会社側は労働基準監督署に「労働者死傷病報告書」を提出する必要があります。
「労働者死傷病報告書」の提出が必要なケースとして、具体的には以下のとおり規程されています。
- 労働者が労働災害により、負傷、窒息または急性中毒により死亡し、または休業したとき
- 労働者が就業中に負傷、窒息または急性中毒により死亡し、または休業したとき
- 労働者が事業場内またはその附属建設物内で負傷、窒息または急性中毒により死亡し、または休業したとき
- 労働者が事業の附属寄宿舎内で負傷、窒息または急性中毒により死亡し、または休業したとき
「労働者死傷病報告書」の提出期限
「労働者死傷病報告書」の提出期限は、休業日数によって異なります。
休業4日以上の場合:遅滞なく提出
休業4日未満の場合:3ヵ月ごとに区切られた期間の中での提出が必要
- 1月~3月の災害の場合は4月末日まで
- 4月~6月の災害の場合は7月末日まで
- 7月~9月の災害の場合は10月末日まで
- 10月~12月の災害の場合は翌年1月末日まで
なお、「労働者死傷病報告書」を故意に提出しなかったり、虚偽の内容を記載して提出すると、労災隠しとして厳しい処分を受けますので、期限内に労災事故の事実に則った内容を記載して提出することが非常に重要です。
再発防止策の作成および実施
事故の状況を記録に残した後、その原因を解明し、再発防止策を作成します。
労働安全衛生法違反があれば、労働基準監督署から指導されたり、書類送検され刑事処罰を受けますが、労働基準監督署からの指導に関わらず、原因の解明と再発防止策を作成して実施すべきです。
従業員の安全のために同種の事故を発生させるわけにはいきません。
また、同種の事故を繰り返した場合、会社が受ける刑事・行政上の処分も重くなりますし、民事上の損害賠償請求においても不利に働きます。会社のためにも必要なことです。
労災保険請求手続きの対応
労災保険請求の基本的な対応
労災事故が発生した場合には、まず対応が必要になる労災保険の種類は、病院の治療費等です。
治療費については療養補償給付が給付されるため、労災指定医療機関において治療を受ける限り、被災労働者が医療費を支払う必要はありません。
労災指定医療機関以外で治療を受けた場合は、被災労働者が治療費を支払った後、療養補償給付請求することになります。いずれせよ、労災事故が発生した後、最初に必要になる労災保険請求手続は、療養補償給付であることがほとんどでしょう。
被災労働者のためにも、療養補償給付の請求手続きを速やかに行う必要があります。
具体的な療養補償給付の請求手続は、医療機関経由で労働基準監督署に届出を行うことになります。
こうした手続は、顧問や労災手続の処理に慣れた社会保険労務士に依頼しましょう。
なお、労災保険給付請求の法律上の請求の主体は本来は被災労働者なのですが、請求手続きする際に、会社が労災事故状況等を証明する必要がありますし、休業補償給付請求等については、これまでの賃金等を計算する必要もあるため、事実上会社側で手続することが多いです。
そして、人事部や総務部が充実している規模の大きい会社であれば社内で処理することもできるでしょうが、労災手続に慣れた従業員がいない中小企業では、手続を社会保険労務士に代行してもらうことになります。
慣れていない従業員が長時間苦労して対応するより効率的ですし、合理的です。
社会保険労務士が代行するにしても、事故発生日時、被災労働者の氏名等、事故発生状況等の基本的な情報が必要です。こうした情報は、社会保険労務士の指示に従い会社において準備しましょう。
労災保険請求手続きにおける会社の証明欄
いずれせよ、労災保険請求手続の際、会社は、労災保険給付等の請求書において
- 負傷または発病の年月日
- 災害の原因および発生状況等
の証明をしなければなりません。
証明の方法ですが、請求書に「・・・・・に記載した通りであることを証明します」との文言が印字されていますので、その欄に、日付・事業の名称・事業場の所在地・事業主の氏名を記載して、押印することで足ります。
事故状況や原因が明確であれば問題がないのですが、事故状況に争いがある場合には、どのような記載をするのかは慎重に判断すべきです。労災事故に精通した弁護士に必ず記載内容を確認しましょう。
紛争事案に慣れていない社会保険労務士や労災事故に慣れていない弁護士に相談するのは避けた方がいいでしょう。
労災事故について会社の認識と異なる証明を求められた場合
では、従業員が労災保険給付等の請求書への証明を求めてきた際、従業員と会社側の認識に相違があり、会社としては、従業員が主張するとおりに証明することに抵抗がある場合はどのように対応すべきでしょうか?
工場の事故などで事故の具体的な発生状況に関する認識が違う場合や、うつ病、心疾患や脳疾患などの疾病、過労死等の場合にその原因について認識が異なる場合も少なくありません。
このような事態の場合は、2つの対応策が考えられます。
まずは、従業員に対して、記載変更の打診をすることです。具体的には、「災害の原因及び発生状況」を客観的状況にとどめる記載に変更するよう依頼します。
しかし、会社側と従業員側の溝は深まっていると考えられますので、従業員が会社側の要請に応じず会社側の証明なく労働基準監督署に請求書を提出してしまう事態も想定できます。
このような事態になった場合、そのまま放置しておくと、労働基準監督署が会社が協力的ではないというネガティブなイメージを抱きかねませんので、必ず対応が必要です。
具体的には、証明に協力できない事情を労働基準監督署に理解してもらうために、記載の変更を打診した書面を労働基準監督署に提出するなどして、事情を説明すべきでしょう。
理由もなく証明を断ったわけではないこと、会社側の認識の範囲であれば証明する意図があった事実を伝えることが重要です。
逆に、従業員が求めた記載と認識が異なるにも関わらず、安易に受け入れて証明したり、従業員のことを慮って、会社の認識と異なる事実を証明しないよう注意すべきです。
労災給付の後に、従業員が会社に対し損害賠償請求した際に、会社側に不利に働きます。
労災保険給付等の請求書への証明は、負傷または発病の年月日および時刻、災害の原因および発生状況等を証明するものであり、労災を認定するのは労働基準監督署です。労災保険請求の位置づけを会社側としても充分に理解し、適切に対応しましょう。
具体的な状況でどのように対応すればよいかお悩みの場合は、弊所にご相談ください。
弁護士・社会保険労務士に相談・依頼
社会保険労務士の役割
労災の諸手続きについては、社会保険労務士に依頼される方が多いと思います。損害賠償請求等の紛争まで見据えて初期対応をしてくれる社会保険労務士が顧問の場合には、その方に早く相談しましょう。
また、リスクアセスメントも実施できる社会保険労務士であれば、事故後に会社の業務全体のリスクアセスメントを実施することが望ましいです。
弁護士の役割
労災事故が発生した場合、刑事・行政・民事上の見込みと必要な対応を確認するために、社会保険労務士に加えて、必ず労災事故にも精通した弁護士に相談するべきです。
労災保険請求の手続きに限れば社会保険労務士に依頼することになりますが、刑事事件の弁護活動や民事上の損害賠償請求も踏まえた相談をする必要があり、そのような対応ができるのは、労災事件に精通した弁護士です。
弁護士に相談した場合、軽微な事故であれば、1回の相談で終わることもありますが、通常は、継続的に相談して助言やサポートを受けながら、会社の人事・総務の担当者が具体的に対応することになります。
重大事故の場合には、刑事弁護や被害者との早期の示談交渉について弁護士に委任すべきケースが多いでしょう。
弁護士については、顧問の社会保険労務士に相談して紹介を受けることをおすすめしますが、労災事故に精通した弁護士に心当たりがない場合には、お気軽に弊所にご相談ください。社会保険労務士の方と連携して対応することも可能です。